悲劇
うおお、ついに来た。世界一のコースターを体験するのだ。こんな無謀な旅に同行してくれた友人と握手を交わし、ついにここまで来れた喜びを分かち合う。冗談ではなく、本当にそんな気持ちだったのだ。もうここで死んでも後悔は無い・・・というのは嘘だが、とりあえず後悔のタネがひとつ減ったことに間違いは無い。
少なくとも、帰ったら友達や会社の同僚に自慢できる。世界一のコースターに乗ったんだ、FUJIYAMAなんて比較にならないんだぞ、と。
ライドはミレニアムフォースやサンダードルフィンとほとんど同じだ。腰を下ろしてT字型のハーネスを腹部に引き寄せる。ハーネスをきつくしすぎて、ちょっと後悔する。力が入りすぎてしまった。ああ、緊張している。
前方では、もう一台のライドが準備を終え、ゆっくりとスタート地点へ向けて移動し始めた。あれがスタートすると、次は自分たちの番なのだ。戦場に飛び立つ友軍機を見守るような気持ちで、その発射を待つ。おのずとテンションは上がっていく。流れる音楽もハイテンションだ。
いくつかのアナウンスの後、エンジン音と共に先発隊のライドがスタート!凄い勢いで遠ざかっていく。そして、垂直上昇・・・・・・・・あれ??上昇するスピードが明らかに遅い。スローモーション映像を見ているようだ。周囲からざわめきが起きる。これでは、登りきれないのではないか!?
8分目ほど登ったところで、ライドは一瞬静止。なんと100メートルほどの高さから後ろ向きに落下を始めた。ざわめきは悲鳴に変わり、周囲は騒然とした雰囲気に包まれる。嘘だろ!?目の前で、まさかそんな事が・・・。
落下したライドは早いスピードのまま後ろ向きに戻ってきた。とりあえず乗客は無事のようだ。そのままプラットフォームに突っ込んでくるかと恐れたが、ブレーキがかかり徐々に減速。スタート地点より少し先で停止した。
ライドダウンのアナウンス。点検を行うようだ。ライドに乗った人立ちはそのまま放置されている。心なしか楽しそうに見えるが、気のせいだろう。もしくは、あまりの恐怖におかしくなってるのか!?いずれにしても、尋常では無い事が起きてしまった・・・!
点検が続いているが、その後はどうやら続けて発射を試みるようだ。しかし、これで仮に前のライドがうまく発射されたとして、次の自分達に問題が起こらないとは限らない。しかも、こんなことが起きたからにはもっととんでもない異常が起きる可能性だってあるのでは??
「やっぱり止めます」と言って、ライドから降りたかったが、ハーネスを外そうにもがっちり固定されてしまっている。係員も外してくれる雰囲気は無い。どーせ、英語でお願いしても通じないんだろう。
アーメン。まさか本当に死ぬのだろうか?ここまできたら死んでもいいなんて思ったせいだろうか?軽率にそんなこと考えるのではなかった。ここで死んだら、きっと日本でもニュースに出るだろう。「世界最大のコースターで事故、邦人二人死亡」と。親は笑われるだろうな。しゃれにならないな・・・。
そんなネガティブな事を考えている内に点検終了のアナウンス。周囲からは拍手が起きる。前方のライドは再びスタート地点に着く。軽快な音楽とエンジン音が鳴り響く中、発射!!
ギャラリーが「Go!Go!Go!」と叫ぶ。皆が見守る中、ライドは「よっこらしょ」という感じで頂上を越えた!割れんばかりの歓声と拍手。二回目の発射はなんとか成功したようだ。
発射 僕達はそれを複雑な気分で見守った。次は自分たちの番だ。何事も無かったかのような雰囲気の中、僕らの乗ったライドはゆっくりとプラットフォームを出発する。そして静止。プラットフォームの人やコース脇で眺めているギャラリーの注目が集まる。もう、逃げる事はできない。神に祈るのみだ。
「Keep arms down, head back and hold on!」とアナウンスが入る。そして、空ぶかしするエンジン音が響く。頭をヘッドレストに押し付け、加速の衝撃に耐える準備をする。はやる気を抑えられず、スタート前にもうバンザイしている客もいるが、即座に「Hands down!」とのアナウンス。
コースの周囲は、トラブルに気づいた人でいっぱいだ。みな、自分が乗るわけではないからか、楽しそうに眺めている。子供が笑いながら叫んで、手を振っている。こちらは、死刑台に向かう気分だというのに。はるか前方には、垂直に突き立ったレールがぼんやりと見えている。ああ、これからアレを登るのだ。いや、登れたらラッキーなのか?でも、その後落ちるのは一緒か?などと、良く判らない考えが頭をよぎる。
「プシューッ」と音がし、レールに並ぶ板のようなものが下がっていく。ブレーキ版だろうか?いよいよロックが解除されたようだ。それまで停止していたライドが、かすかに後退している。
いよいよか。手に汗がにじんでくる。深く深呼吸し、目の間に伸びるレールの先をじっと見つめる。余計な思考は全部消えた。もう覚悟はできた。行ってやろうじゃないか!! と、次の瞬間「ギュルギュルギュル!!」とタイヤのスリップ音と共に、シートに強く押し付けられる体。周囲の景色が一瞬にしてゆがみ、何も見えなくなった。発射されたのだ!
「どわあああああああーーーーっっっっ!!!」
これまで感じたことの無い加速感。一体どこまで続くのかと思うほどの長さと強さだ。もはや、Gを感じるとか言うレベルではなく、体全体を無数のゴムひもで思い切り後ろに引っ張られるような感覚。ハンズアップなど、できるはずもない。ぐんぐんスピードが上がる。まだ速くなる。どんどん速くなる。ドドンパの衝撃的な加速とは違う、粘りがある加速感だ。
そして顔にあたる風。もはや単なる空気では無く、質量を持った物体としての「空気」が体全体に叩き付けてくる。息ができない。空けた口が閉じれない。風を切る音に、自分の叫び声がかき消される。いや、強烈な感覚が全身に流れ込んだせいで、情報を脳が処理しきれず無音に感じてしまったのかもしれない。頬の皮が波打っている。まぶたがめくれ、眼球の裏側にまで風が入り込んでくるのが判る。こんな感覚は、生まれて初めてだ。
あまりのスピードに視界が極端に狭まり、目の前にまっすぐ伸びる赤いレールとその先にあるタワーだけが何とか認識できる。それが、ぐんぐん近づいてくる。目の前にそびえ立つ128メートルの赤いタワー。
加速によるGから開放された直後、ライドは90度上に向かうための曲線部分に突入する。190km/hの速度で、だ。当然、凄まじいGがかかる。ライド全体がビリビリビリと細かく、激しく振動する。
ライドは完全に空を向く。目の前に見えるのは、青い空と真っ赤なレールだけ。その上レールはぐにゃりと捻じ曲がっている。不思議な光景だが、そんな事を意識している暇は無い。ライドは空に向かって一気に上昇、ひねられたレールに沿って90度横に回転する。タワーを横から登る形になる。
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